Archive for 8 月, 2007

喪中

母方の父が死んだ。2日ほど東京を留守にする。

このブログも少しお休みです。

これで、全ての祖父母がいなくなった。

とてもさみしいものだ。それぞれに思い出があり、やんちゃな幼少時代を愛をもって

支えてくれた大切な人たちだ。

起業まもなく、葬儀にいってもよいか、とても迷う。

しかし、感謝の意をもって送り出したい気持ちと、死をみつめることで、人間として

成長したい気持ち、新しい社員が1人入社する為、私が抜けても大丈夫だろう気持ち

が重なり、いくことにした。1週間前であれば間違いなくいけなかっただろう。

タイミングも、祖父らしく気をつかってくれた気がする。

私も残り五十年の人生。

悔いなく生き抜きたい。

その為には、今のままではダメだ。

もっと、前向きに、もっとチャレンジ精神をもって、もっと責任感をもって、

成長に貪欲に生き抜かなければ。

さあ、明日を楽しもう。

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チャーハン専門店

実は、私にはしたためているビジネスプランがある。

このプランを遂行する為に、会社を辞めかけたことがある。

それぐらい私にとって大切なプランだ。

それは、チャーハン専門店。

仮)チャーハン太郎

を売り出す時は近い。

なぜチャーハン専門店なのか。

昔から誰よりもチャーハンを愛してやまない。

しかし、ほとんどが中華料理屋。そして、どこででも食べられない。

よって、チャーハン専門店をチェーン展開したい。

このチャーハン専門店だが、

価格の中心は、380円。

トッピング等で前後に100円ふる。

売るアイテムは、チャーハンのみ。

店内はカウンタープラス少数のテーブルで、2台のフライパンをふる。

日本人1000人にききました。

あなたの好きなご飯もの、どんぶりは?

おそらく8位には入る。

トップ10のアイテムで、どこでも手頃な値段で食べられない、アイテムは、

チャーハンだけなのである。

天丼、かつ丼、カレー、牛丼、親子丼とほとんどがチェーン展開されている。

チャーハン愛好家の私にとって、これほど不憫なことはない。

五年後別会社化して、俺がやってやる。と思う今日この頃でした。

実は、介護の合間をぬって、この事業計画書をつくっている。

以上

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出世する

サラリーマンの大いなる課題。

どうせなら、出世するにこしたことはない。

なにせ給料があがる。

私が会社員として、注意し、自分のポリシーとしていること。

①上司の期待に120%応える。

→自分があるとかないとか、一匹オオカミであるとか、アウトローであるとか

、自分の好きなようにやるとか、

 これらの思いは一切捨て、上司の性格や期待を観察し、それらに対して、120%の応える。

 一見媚をうるかのごとく感じますが、とても大切なことだと考えます。

 上司となった今、特に優秀な人材とそうでないものとの差はここにあると思う。 

 あの仕事どうなった。終わってます。昨日依頼した件、大変だけど来週には終わらしてくれる。

 すでに終わってます。

 といった具合に、ここには、上司と自分の楽しいゲームが存在します。

 自分はこう思う思わないではなくて、相手のフィールドでまずは完勝することです。

 上司と自分の今後を左右する戦争の始まりです。
 
 その間は、寝ずにでも働く。

 そして、得るものは、自由と権利と信頼 である。

 この3つを得るか得ないかでは大きな差がある。

 そして、あとは好きなように、自分の思うとおり、仕事が出来るのです。

 また、期待をされながら、仕事をすることはとても楽しく。そのスパイラルにもって

 いくことが、何よりも大切です。

 上司や他人のせいにすることなく、全ての人は、自らによってこの環境はつくれるものです。

 従い、私は仕事において、上司に対し、不満をもったことは一度もありません。

②人のやりたがらないことをする。

 これには大いにこだわりがあります。

 人間現金なもんで、少しでもボーナスやインセンティブをもらえる仕事に走ります。

 従い、不振なものから避けようとします。

 営業であれば、売れる顧客。飲食店であれば繁盛店。だれもが望むでしょう。

 しかし、逆をいくことが大切です。

 理由は、中長期的に自らを成長させられること。

 業績回復させた時の評価、歓喜が大きいこと。

 以上の2点により、私は人がやりたがらない仕事を望んで走ってきました。

 当時は、負けたくない一心と、誰もできないなら自分がという、自分への期待により

 動いてましたが、振り返るととても大切なものを手に入れました。

 
 話は変わりますが、管理職になってから、リーダーシップについて幾度となく考えました。

 得た答えは、2点です。

①リーダーたるもの1%の可能性を信じる。
 
 →仕事は、とても厳しいものです。時にあきらめたくなります。

  しかし、リーダーとはだれもが諦めても尚、1%の可能性を信じることです。
 
  諦めたら、可能性は確実にゼロになります。

  100回に数回は救われます。であるならば、信じるほうが得です。

  信じる根拠、できる根拠を自分勝手に何度も思い描き、自らを洗脳し、心から

  信じることが大切です。

  毎度成果はでるわけではありませんが、100回に数回の成果が、

  有能、無能なリーダーの差だと私は思っております。

②自分と部下の幸福を50%/50%に保つこと。

 →このことも自分の中で、検証を繰り返し確固たる思いがあります。

  どちらかに少しでも傾いてはなりません。

  人間は自分が一番かわいいものです。しかし、自分に比率が高ければ人はついては

  きません。また、部下に傾きすぎても、厳しさなき繁栄はありません。

  このバランスをイーブンに保ち、全速力で走ればとても素敵なチームとなります。

以上私の考えでした。

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血族

血は、時とともに薄まる。

織田信長の血ですらも薄まり、先日捕まった。時代が時代ならありえない話であり。

涙涙の記者会見。

冗談はさてき、わが社には、8名の創業社員がいる。

この血をどこまで濃くつたえるかが、わが社の中長期的な、重要項目となる。

この8名には、徹底的に私の考えを伝えてある。

従い、ベクトルは同じ方向を向く。

特に説明しなくても、会社の考え、私の考えは伝わる。

自分たちにとっての価値基準も近く、ともに働けることに幸せを感じる。

この会社を自分ごとととらえ、自分の役割がなんなのか熟知し、自分がやらなければ

会社はつぶれるという気概をもって働いている。

どこの社員よりも強く、誠実で、一生懸命である。

しかし、これから迎える展開の中で、社員はどんどん増えていく、

9月に3名、10月に1名が内定している。

とにかく重要なことは、血を薄めない。より濃くなり、最強の組織として一致団結

していかなければならない。

経営目的を多くの人に伝え、一緒に追っていきたい。

以上

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夢は叶う

大切な社員へ

夢は必ず叶う。

多くの偉人や、経営者は必ずそう答える。

しかし世の中9割の人は、叶わないと思っているだろう。

私の夢に対する解釈

夢は、叶う叶わないの前に、9割の人が諦める。

叶わないのではなく、諦める人が大多数である。

諦めなかった残り1割が、夢に向けたテーブルに乗る。

なぜ諦めるのか?

夢をつかむためには犠牲が必要だからだと思う。

一番捨てるのは、時間だと思う。

自分の時間、家族との時間、仲間との時間。

何かを捨てる覚悟をもって、挑めばきっと叶うものだと思う。

しかし、多くの人にその覚悟はないと思う。

だから、夢をあきらめる。

しかしここで諦めることになんら問題はなく、家族との時間だったり、子供の幸せだったり、

車を買うことだったり、海外にいくことだったり、人それぞれ、現実的軌道修正はとても

大切なことだと思う。

私の妻も、憲法に定める、

文化的かつ健康的な最低限度の生活を送る権利があれば幸せなタイプだと思う。

しかし、私が古くから描いた夢はとてもハードルが高く、

私は、夢をつかむ為に、この8年間、すべてを捨ててきて、ようやくスタートラインにたった。

私の夢は、社長になることだった。

社長になった次の夢は、経営目的の達成である。

しかし、夢を追うことが、幸せなことかは、私にもわからない。きっと死ぬ時まで分らない。

ただ、私は、チャレンジしてみたいんだ。

私にとっての幸せは、夢を追うことなんだと、思ってるんだ。

良くわからないんだけど、夢を追っている今日という日がとても充実していて、楽しくて、

楽しくて仕方がなくて、

こんな楽しい人生を送れることに、両親に心から感謝できて、

私の夢に共感してくれる社員がいて、その社員の夢が叶うことを心から願って。

とても幸せな今日なんだ。

以上

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今日、テレビで老人ホームの実情と題してテレビが流れていた。

他の施設のことを否定する気は私たちには全くない。

まして、我々の施設が絶対にすぐれているというつもりも全くない。

我々は我々の信じる介護道をひた走る。

しかし、そのテレビをみながら、うちの利用者様は泣いていた。

どうしたの?と聞くと。こんな部屋でベットに寝かしつけられて、かわいそうだと、

ポツリといっていた。

テレビに映っている施設は、どこにでもある施設であり、光景であった。

なぜベットに寝かすのか。答えは簡単。楽だから。寝ていれば、会話の手間も省ける。

寝ていれば、トイレにもいかない。寝ていれば、転倒もない。

しかし、代償として、心と体は確実に低下する。

そこに心はあるのかと思う。

人として、全ての言い訳をさておき、精一杯、人生の大先輩とつきあい抜きたいと思う。

私たち介護ジャパンの信じる介護道。地域密着で住み慣れた町、見慣れた風景、

施設感を匂わせない住居、非日常ではない。日常的な家。

ご家族様と利用者様をつなぐ、もう一つの我が家がそこにある。

これから向かう10年、一気に高齢化が進む。

我々が施設を展開することで、より多くの高齢者が、心豊かになるように、一日一日を

とても大切にしていきたい。

以上

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拝啓 ケアマネージャー様

日頃よりご愛顧賜りまして誠にありがとうございます。

おかげ様で、千城台デイサービスセンターは、9月度もほぼ予約で埋まっております。

若干の余裕はありますので、引き続きご支援何卒宜しくお願いします。

併せてましてのご紹介です。

中央区のケアマネージャー様から、特に問い合わせ、見学、紹介が続いております。

これらの事実を受け止めまして、

10月1日より、

茶話本舗 鎌取デイサービスセンター OPEN予定です。

約300坪の土地に、平屋で100m2の家です。

千城台のアットホームなもうひとつの我が家の風景に、さらに進化を加え、

庭が広大にありますので、散歩や森林浴やバーベキューや畑づくりを大いに楽しめる

環境をつくっています。

時期が迫りましたら、追ってご案内させて頂きますので、何卒宜しくお願いします。

以上

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お金がないということ

お金がないということは、きつくつらいことだが、悲しいということではない。

お金がないということは、幸福ではないが、不幸ではない。

私においては、現実、会社の借金イコール個人の借金である為、1200万程度借金がある。

しかし、物事はポジティブで、私の得意分野である。

私の世代においては、皆35年ローンで3000万程度の借金をもつ。

に比べれば、私の借金は半分以下である。

私は、マンションの替わりに、夢を買った。

しかしながら、いろいろいっても人様にお金を借りていることは、嫌なもので、早急に返したい。

したがい、1年間で返済可能な状況に会社の業績をもっていくべく奮闘している。

借金を返すにあたり、大切なことは、売り上げを上げ、経費を抑える。

従い、確実かつ比率の高い経費を抑えることに今は注力している。

しかしながら、絶対に注意しなければならないことは、利用者様に絶対に迷惑をかけないこと。

自然と歴史は語る。悪しきものは滅びる。社会は語る。質なきものは滅びる。

従い、利用者様にかかわる費用は、当初のビジネスモデル通り、絶対に下げない。

ここで大切はことは、知恵である。

冒頭申したとおり、お金がないことは不幸ではない。

変わりに知恵を授かる。

よって、利用者様にかかわる以外の費用は、がんがん落とす。

従い、事務所にいれると汗がでる。

パソコンには中古で3万円。ホームページは従業員がつくり、米は従業員の実家から格安で

最高の米を購入させて頂き、庭のきゅうりをもいで使い、トイレが壊れたらサラダ油で修理し、

広告の一切の費用をかけず、語りつくせぬ工夫をしている。

うけた知恵の恩恵はかけがいのないものである。

現在社員にはもまだ話していない僕の頭の中のけちけち作成。

「自給自足」計画がある。

現在ほぼ決まっている 鎌取デイサービスセンターは、400坪の土地をもつ。最高の環境

にある。

ここで手間のかからず安易に作付け可能な野菜を大量につくる。

それを各施設でつかうことで、食材を下げる。

また利用者様のご家庭でも、畑をやっている人が多いので、物々交換を行う。

余裕ができたら、近くに畑を借りてその輪を広げる。

うちには農業大学出身の将来農業をやりたい社員がいるので、その力をついに発揮してもらう。

人を軸にした我々の戦略は大きく広がる。

将来はダッシュ村のようにやぎを飼おう。

以上

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戦い

介護ジャパン株式会社は、創業期を向かえてまもなく、成長期に入る。

千葉の施設は8月1日OPENしたのだが、すでに7割の利用があり、9月には満員御礼

となる。従い、物件調査に入り、予定では、千葉県中央区を考えている。

中央区に3施設目を出す理由は、以下2点

需要と供給のバランスにおいて、確実に需要が高い。

現在の施設から近くドミナントにて出せる。

ただいずれにせよこの計画実行のキーワードは、人材とリスクである。

人材においては、まだまだである。

長らく介護経験のあるベテランの方、以上の施設を作り続けるためには、社員の2段階成長

が必要である。当社社員においては、現状に満足することなく、小手先に満足せず、たかだか

数ヶ月でできたきにならず、謙虚にそして貪欲に成長してほしい。

他の介護職員より、3倍努力しなければいけない認識を。人生をかけよ。

これでもか、これでもかと働こう。

ふたつめのリスクについて、とにもかくにも、できた気持ちになるな。謙虚を十回繰り返す。

人様の人生、健康、命、全てをお預かりしている我々に、慢心やおごりは一切いらない。

事故を起こしたら、会社はつぶれる。そのことを毎日繰り返す。

我々は大いなる成長をとげ、必ず日本の高齢化社会を支える。

社員においては、大いなるステージをともに手に入れよう。

東京、志村においても好調であるが、我々の創業の思いに立ち戻ることが大切。

現状に満足せず、早急に板橋に介護ジャパンありといわれる施設をつくろう。

その為に、人生をかけよ。

9月の満所に心から期待をこめる。

普通の施設、普通の会社はどこにでもある。

我々は全てにおいて、最高を目指す。

その為に、生きてるんだ。

以上

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高校野球

高校野球を見ていていろいろなことを感じた。

自分の昔を振り返ってみた。

良く人に君は挫折無く、順風満帆な人生だよね。と言われる。

確かに私は挫折を知らない。しかし、挫折という言葉は曖昧で、僕なりに何度も壁に

ぶちあたり、そして破ってきた。この壁をやぶれないということが挫折という言葉な

のであれば、確かに経験したことがない。

しばし昔を振り返る。

小学校2年生まで、内弁慶で学校では、恥ずかしがり屋な、とても静かな子供であった。

3年生の時、国語の発表で先生に褒められたのが癖になり、手をあげる癖がつき、明るく

元気な子に変貌した。

この明るい僕と兄を、人はマムシの兄弟と呼ぶ。

中学の時、いつも260人中200番前後の成績だった。

テスト期間机に座ると、初日に風邪をひく、勉強に体質が全く合わなかった。

数学の公式を覚えようとしても、さてこれがどんな時に役に立つのか、を人一倍考えて

いろいろなシュチュエーションを考えたのちに、使わないから覚えないと思う。変わった子供だった。

心無い先生は、学校に3人荒木がいる中で、良い荒木、普通の荒木、悪い荒木の、悪い荒木と

呼んだ。今でも他に荒木という人がいると、死んでも負けないという強い気持ちがある。

僕より先に兄貴が受験に望んだが、彼も僕と同様に拒否体質らしく、受験に惨敗。

しかし、彼も高校、大学、社会人と進み、とても立派な人となり、成長をとげる。

私は、兄貴の受験をみて、母に約束をした。俺は早稲田の付属高校に入る。

進路など一切口にせず、勉強しろとも言わぬ、母だったが、出来の悪い私たち兄弟が

各方面から受ける風当たりに時折、息継ぎをしたくなるのか、その瞬間に垣間見る空気

がなんとなく、くやしく、僕は必ず早稲田の付属高校に行くといった。

振り返ると子供というのは、よくみていて、よく覚えているものだ。

そして結果、勉強はまったく体質にあわず、戦う前に己を知る。

今でも実は、この約束を果たせなかったことに、なんともいえない気持ちをもっている。

行くあてもなく、なんとか私立の推薦を受け高校に入ることができた。

ここから僕は大きく変わることができた。

埼玉で当時一番高い学費。両親には感謝の気持ちでいっぱいである。

僕は、いずれ金持ちになりたい。要因のひとつは、自分の子供の可能性を摘まぬ教育を

与えるだけのお金がほしいから。馬鹿でも、頭良くても、私立でも、公立でもいい。

自分のエゴで生んだ子供の可能性を、たかだかお金では摘みたくないのである。

そんなこんなで、高校に入り、中学からやっていたバスケットボール部に入ろうと思っていた。

ところが、兄貴が同じ高校でラグビー部。入れ替わりで卒業したが、彼にいじめられた後輩が

僕をほうっておくはずがなかった。

一回だけ見学においでというやさしい言葉。そしてその日に入部届けにサインをさせられる。

大人になってきづいたが、世間はこれを詐欺と呼ぶ。

そして、つらい日々が始まった。

先輩からのしごきと、監督からのしごきに耐え忍ぶ毎日であった。

受験に失敗することが挫折なら、何かの壁に押し戻されることが挫折なら、高校のラグビーの

生活よりも、僕は挫折を喜んで選ぶだろう。

なぜなら毎日が挫折・・・・・・

そして、高校3年生となり僕はなぜかキャプテンになっていた。

キャプテンとは名ばかりで、殴られ役。

試合に負けたとき、練習に気合が入らぬとき、とりあえず殴られる。

でも良いこともあり、僕のキャプテンとしての姿を見てくれている人がいた。

中央大学のOBで、高校の校長先生の親友。

結果、中央大学経済学部になぜか入学。

体育大学、聞いたことのない大学2校ならば、自力で大学にいけそうだった。ところが、

そこに中央大学が飛び込んできた。

母は僕に行った。あなたの生き方は自分で決めれば良いと思う。ただ、親のエゴをいうならば、

できれば中央大学がいいと思う。

そして、中央大学に入学。ラグビー部に入る。

そしてまたいじめられる。

6畳に三人の生活。24時間先輩というなの神様と同居させて頂く。

大学の寮の近くに不良がたむろしていた。

神様達は、不良たちのもとに行き、全員整列させていた。左から順に不良たちは神様に土下座を

しはじめた。

入寮二日目の夜だった。

「俺はなんて世界にはいってしまった」 挫折ではなく地獄だった。

神様たちと24hともにするのはつらい。

もし、生まれ変わったら、二度とやるもんか。

でも今思う。おかげさまで、社会に出てから、一切つらくない。

高校、大学と味わった厳しさは、社会人に比べれば、大変ではないと人は、いうかもしれない。

一生平社員でも仕事に失敗してもいいから、俺はあの生活だけはもういやだ。

世間はこれを挫折と呼ぶ?

そして、社会にでるのだが、

同期全員有名大学。僕はまぐれの大学生。

入社直後の英語のテストTOICE。つづりに自信がないが。

僕125点。平均点550点。

同期全員の棒グラフが提示される。

同期のみんなはいった。125点の人って間違えだよね。ありえないよね。

いや、ありえるんだよそれが、外人さん、何いってるかまったくわからないよ。

そもそもマークシートも初めてだし、完敗だよ。と心でつぶやいた。

世間はこれを挫折と呼ぶ?

でも仕事では、誰にも負けなかったと思う。

そして、社長になるために転職。  ※過去ブログの創業編に詳細

9月30日までスーツきてパソコンいじってたのに、

10月1日から居酒屋で皿洗い。

10kgのダイエットに成功。

世間はこれをなんと呼ぶ?

と昔を振り返ったのだが、

挫折に苦しむ多くの人へ。

挫折とは、自分の心が決めるものだよ。

ただ、自殺してしまう人などもたくさんいるければ、僕には素敵な家族がいた。

だからこそ僕ができることは、そんな家族をつくることかもしれない。

以上、社長ではなく、荒木個人としてのブログでした。

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