Archive for 10 月, 2007
一生感動
始めまして。
僕は千城台で働く、介護職員 齋藤 夏樹と申します。
僕は創業メンバーではなく、9月から入ったいわゆる一般社員でございます。
これからも精進していきたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。
さて、本題です。
一生感動・・・
この言葉を聞いたとき、申し訳ないですが、僕は
「一生感動??・・・クスっ」って、思いました。
なんか、僕の中では感動って言葉がだいぶ「クサく」思えてしまい・・・
しかし、それはすぐになくなりました。
それは、僕自身の余裕のなさから、周りの物がまるで無いかのように見えてしまい、
実際にあるはずのとても素晴らしいもの達に目が行っていないだけで、
そこにあるものは本当は素晴らしいものだらけなんだ・・・って
教えてもらったからです。
僕も、外食出身です。
でも、社員ではなかったんです。
でも、そこでもたくさん感動をもらってたんです。
それに気が付かなかっただけなんです。
そんなもったいない人間であったことにちょっと後悔しています。
僕は、今まで感動したことって言われると、ちょっと困ります。
あまり思い当たらないんです。
でも、ここ最近、特に9月から、感動しっぱなしです!
先輩方です!
不思議です!何なのでしょう??このパワー!!!
今まで、僕は感じたことのないのようなパワーを持つ人が、こんな小さな施設に3人もいるんです!!ビックリです!!
今まで僕が見てきたものの小ささに、僕自身がビックリしてしまうほど!!
そんな先輩方の姿を見て、「自分もこうなれるのかなぁ・・・(苦笑)」
って感じで、全く持って追いつけないです。
これこそ感動です!人との出会いです!!
まだまだ人生中途半端な僕ですが、これだけは言えます!
千城台サイコー!!
こんな素晴らしい出会いをくれた深代さんサイコー!!
一生感動なんて言葉を考えた社長サイコー!!
一生感動バンザイッッッッッッ!!!!!!!!
・・・と、一生感動して行こうと思う今日この頃でした。。。
一生感動
はじめまして。
志村デイサービスセンター施設長の廣田と申します。
よろしくお願い致します。
「一生感動」
先日、利用者様を自宅に送っている途中のことです
大きな見通しの良い道路に出たとき
道路の向こうに大きな、真っ赤に焼けた夕焼けが見えました。
同乗している利用者様に「綺麗な夕焼けだよ」と伝えると
「まあ、こんなに大きな夕日を見るのは何年ぶりかねぇ」
と返事が返ってきました
最近は高い家やビルが立ち並び、夕方に外に出る事もなくなったそうです。
自宅に着くと、もう夕日は沈んでました。
自分は夕焼けに感動はしませんでしたが、利用者様から
「いいものが見れたよ。ありがとう」
と笑顔で挨拶をしていただけました。
そのときに初めて「夕焼け」がよかったと、思いました。
人はいろいろなことに感動できます
感動すると、なぜか嬉しくなります
その嬉しさが「ありがとう」につながります
「ありがとう」を言われた人を幸せにします
感動する事により
関わる人の心を豊かにします
常に感動できる心を持ちたい
常に感動を与えられる行動をしたい
その心と行動が、人の心を豊かに出来るのだと思います
まだまだ未熟者ですがみなさんよろしくお願いします
一生感動 NO6の襷
皆様はじめまして。
一生感動の襷を受けて6区を勤めることになりました
介護ジャパン株式会社 総務兼経理課の水田と申します。
我が社の社長とは、実は一番会社の中でお付き合いが長いです。
それ故、「社是」“一生感動”に込められた想いの深さ、熱さを
誰よりも理解していると勝手に思ってます。
一生感動、一生感動、一生感動・・・・
と心の中で何度も反芻してみた。
私の一生感動とは・・・
「誰よりも熱く、熱く今この瞬間を生きること!」である。
誰よりも笑い、泣き、怒り、哀しみ
人と人との出会いの奇蹟に感謝することである。
介護ジャパンが産声を上げて半年が過ぎようとしている。
そのわずか半年の間にたくさんの仲間とたくさんのご利用者様に
出会うことができた。
確率にしたら天文学的な数字になるであろう
この出会いに本当に本当に感謝している。
他の仲間が前職が外食や看護職であったように
私も介護とは異業種の居酒屋の店長をつい半年前まではしていた。
それがどうして介護をって思っているのは
周囲の人達よりも実は本人が一番感じている。
しかし不思議なものでそのことが
必然であったかのように自然体で介護と
向き合うことが今はできている。
いや介護と言うより
“おじいちゃん、おばあちゃん”と
毎日ワクワク、ドキドキしながら
過ごさせてもらっている。
「Let it be・・・」by ビートルズ
=毎日何気ない日常をその人らしく
あるがままに・・・
私が好きな言葉である。
一生感動もきっと上記の言葉の中に
答えが隠されているのではないでしょうか。
以上
さぁ〜て明日の社員さんは♪
「金町にこの店長ありと言われた“イケ面 施設長”登場!の巻」
一生感動
はじめまして、11月1日オープンする蘇我の施設で施設長を担当します、清水と申します。私が思う感動について書かせていただきます。
人それぞれ価値観が違い、人生の目標も違うと思います、三十路を過ぎた頃にようやく、それまで全くなかった私の人生の目標を明文化することが出来ました。それは、
1・「感動すること」 2・「感謝すること」です。
1つ目の「感動すること」。
感動とは感じて動くことです。きれいな景色をみて感動します。音楽を聞いて感動します。本を読んで、映画を見て、偉人の言葉を聞いて・・・
感じて動くのは心です。
心が動いたならば次に動くのは体です。確かに心動き、涙を流し、それだけでも十分なことでもあるのですが、私が思うに感動とは、「感じた、涙した、・・・それからどうする?」ということが重要だと思うのです。
人間が他の生き物と違うことの1つに、「感動の伝達」があると私は思います。
人間は1人で生きていません。感動したならばそのことを周りの人間に伝えたいと思う生き物であると思います。感動したこと、その感動した時の自分気持ち、感情を多くの人に伝えたいとおもい、話をしたり、写真をとったり、絵や音楽や文章にするのだと思います。
私が介護の業界に初めて足を踏み入れたのは今年の2月でした。それまで自分自身のおじいちゃん、おばあちゃんともほとんど関わりを持たずに過ごしてきた 私にとって介護の現場は衝撃的なものでした。それまでいた外食の現場の、よく言えば活気、悪く言えば殺伐とした「空気」とは真逆の「空気」がそこに存在し ました。時間の流れが非常にゆっくりとしており、走り回っている職員はなく、それでいてご利用者様を見守る職員の中には「命に対する責任」のような緊張感 がありました。しかし全体的な「空気」はとても温かいのです。冗談をいいあったりして、とにかく笑顔があふれていました。
ご利用者様からの「有難う」は、外食での「有難う」と比べるとランクというよりも質自体が違ったのです。
1人のご利用様から毎日のように人生についての有難い、ほんとうに心のこもった言葉
(助言?)を頂いた時に思わずして目頭が熱くなったのを忘れることが出来ません。
繰り返しますが人間として感動するということはそれを伝えたくなるものです。私にとって、「・・・それからどうする」の部分は、こらから関わるであろう 多くの人たちにこの介護の現場を通して、私が受けた感動を伝えていこうと思う所にあります。また、ご利用者様の言葉、表情、一緒に見た景色等を素直に感動 できる自分でありたいと思います。そして2つ目の「感謝すること」で、有難うを本当に有ることが難しいこととして捉え、謙虚になるということです。
現在会社の創業期。社長、副社長を初めとして、会社の創業に対する価値観を共有する同志が私にはいます。この「有難い」存在=仲間を通してもっと多くの種類の感動をして、もっと多くの行動をとっていきたいと思います。
今日、改めて一生感動について考える事が出来たこと、そして自分をこの世の中に「存在」させてくれた両親に感謝したいと思いました。
一生感動
みなさん、はじめまして。介護ジャパン 教育担当 豊田 といいます。
今、千城台デイサービスセンターで働いています。
そして介護ジャパン創業メンバーで唯一の女性です。
改まって書くのって緊張しますね。
では、少しだけお話させて下さい。
私はここで働く前まで、大学病院で4年間看護師として働いていました。
そこでは、沢山の患者さんとの出会いがあり、元気に退院される方もいれば、亡くなられる方もいらしゃいました。
実際、多くの最期を身取ってきました。
業務・時間に追われる日々。ちょっと疲れたな・・・と思っていた時、創業の話を聞き、
メンバーに入れていただきました。本当に偶然というか、運命という出会いでした。
自分の仲間を褒めるのって、照れるけど、本当にいい人が揃ってるんです。
社長を筆頭にブログに出てくる人たちにこうご期待です!!
そんな仲間に出会えたこと、私にとって「感動」です。
今の施設では、99歳、97歳、を筆頭に、元気なおばあちゃんが沢山いらっしゃいます。
97歳のおばあさんに出会ったとき、あまりのパワフルさに、「本当に97歳???」
と驚かされました。いろんなことに感動している今日この頃です。
実際、うちにはそんな方が沢山いらっしゃいます。
たくさんの方に出会えて、一生のうちの今という時間を一緒に過ごせるということを、
本当に感謝します。
「ここに来て、目の回りのしわが増えた。」と言っていただいたとき、嬉しく感じました。
曲がった腰、曲がった指、顔のしわ。見ているだけで心が温まります。見ていると幸せになります。
笑っている笑顔って、どんなモデルさんよりも素敵だと思います。(本当に!)
私なんてまだまだだな〜。
言うなれば、毎日みんなが笑ってます。
そんな施設なんです。
そんな私であり、集団なんです。
ぜひぜひ、そんな集団のいる「我が家」へ遊びにきてください。
「一生感動」
本当にいい言葉。
以上、読んで頂きありがとうございました。
一生感動
「一生感動」
はじめまして。施設運営部 千城台デイサービスセンター 相談員 深代 雅量です。
よろしくお願いします!
高校3年生の受験後の事だった。「大学行かない。」
「は?」
先生、そして家族が何を言っているの?って顔をした。
まあ、その後色々ともめたのだが、私は、結局浪人した。
当時の自分に何が起こったのか?
単純に合格した大学に行きたくなかったこと。そして、将来何をしたらいいのだろう?とそんな疑問がわいたからである。それはなぜか?
適当な人生だった。自分の友達が理数コースに進んだので自分もそっちでいいや的なノリで、実際やりたくもない理数コースで嫌いな数学とか物理を勉強していた。そこに自分の意思はなかった。高校生終了間近、ふと思った。
「この先も、ずっとこんな勉強するのか・・・。」
「電気・電子材料工学科?物理工学・・・。重い。」
でも、何をしたいいのかわからなかったので、若い自分なりに考えた結果。
「人の役に立つ仕事をしよう!」と思ったわけだ。
パラパラと大学案内をめくって、目に付いたのが「福祉」という文字。
「これだ。」
そして実際、福祉大学に行くことになるのだが、就職は外食の道へ(笑)。
ここで一旦、道はそれるものの、不思議なことに今、「福祉」の仕事についている。
果たして、今の仕事はどうか?
「この人はいつも笑っている。」
とある 利用者様から言われた。実際、楽しいから笑っている。
今の施設には職員・利用者様が毎日笑顔にあふれている。
そんな笑っている瞬間が本当に楽しい。そして幸せに思う。
介護の職についてからの初めての給与を頂く。今まで一番嬉しい給与だった。
仕事中なのに一人で感無量状態!!おもわず、涙がこぼれそうになる。
社長 感謝しています。
「一生感動」をこれからもずっと・・。そんな人生楽しいね。
以上。
一生感動
はじめまして、千葉施設運営部・千城台デイサービスセンター施設長の岩崎と申します。
二番手を仰せつかりました、失礼します。
私は将来ふる里にでっかい農場を持ちたい、そう思っています。
もともと農業なんて、興味も関心も全くありませんでした。
ところが、スッと晴れたある日に田植えを手伝わされたことがありました。ちょうどゴールデンウィーク前の太陽が一番気持ちいい時期、田んぼの端から一列に なって苗を植えていきます。なんと、これがみじんにも楽しくないのです。汗だく、泥まみれ。日が沈むまで一日じゅう中腰で、ばあ様方が冗談かと思うほど腰 が曲がる理由に気づいてしまうほどでした。暗くなって、農業などもう二度とやるものかと思ったころ、出会ってしまったのです。ギンギンに冷やした缶ビール でお疲れ様。働いたみんなが集まって乾杯。生まれて初めてビールがうまいと思った感動の瞬間でした。そして農業にのめり込んでゆくのです。
想像してみてください。
だだっ広い田んぼのど真ん中。初夏の夜風が少し涼しくなってきたころ。昼間の太陽で、まだ温かいア スファルトの上によっぱらってあおむけになる。心地 よい虫の音につつまれ、真上には満天の星空。水 のせせらぎにホタルまでちらほら。そのうち星なのかホタルなのかわけ分からなくなるほど気持ちよく なっ てくる。魂が宇宙まで飛んでいきそうな感覚。まるで麻薬、もうやめられない。農業バンザイ。
この日から、将来は農業をやると決めました。
目標を共有した気の知れた仲間達とワイワイ汗をかき、大変な思いをして働き成果をあげる。これが太陽の下だから気持ちいい。「おいしかったよ」と言ってく れる人がいたらなおさらいい。そんな農業は決して楽な仕事ではないと思いますが、その後だからこそ皆で飲むビールに感動が産まれるのだと思います。そんな ビールに死ぬまで一生関わりたいのです。だから農業で一生感動。
以上、私にとっての一生感動の一部でした。
一生感動 partⅡ
はじめまして、介護ジャパン 取締役の土山です。
社長より紹介預かった一番手としてブログ投稿します。
感動について書くにあたり、過去を振り返らしてもらいます。
私は生まれたときから何においても長男の兄の行動を見ながら要領良く生きてきたと思う。
失敗をしないようにするには先人(兄)の行動を見て真似をし、修正するのが両親や先生から褒められる一番の術であると無意識に学習した。
まあ、なんと可愛くない子供だったんだろうかね。
当時の感動。何が感動だったっけなあ・・・・
成績が良かったとき。うれしかったなあ。少年野球で初めて背番号もらったとき。うれしかったなあ。
しかし、勉強においても最終的には挫折をした。(受験失敗)
そして野球においても挫折をした。(レギュラー獲得失敗)
白黒つかない学生時代を過ごし就職せずに働きながら1年間海外をふらついた。このとき色んな人に出会うことができた。
世界の広さに感動した。世界の美しさに感動した。
次に同じ景色を見ながら感動するには今のままでは無理だと純粋に思った。
自分にとって大事な人が誰かが分かった。
日本に帰るなり要領良く生きることではなく、周りに良い影響を与えることができる仕事につきたいと思った。そんな人間になりたいと思った。
そして大事な人とすぐに結婚した。
死に物狂いで9年間、会社に全力を尽くしを会社を満喫した。
その間に沢山の感動をした。
2人の子供も授かった。
会社員としてある程度の安定と信頼を得ることができた。
しかし、自分にとっては人に与えてもらう安定は感動ではない気がした。
気の会う仲間と過ごし、談笑するのは至極楽しいかった。
けれど感動はないのかなあ・・・?
そんな時、同じ価値観を持ち、圧倒的な力をもち、信じられないほどの稚拙さをもつ荒木という男に出会った。
今思えばこれが最大の感動であったのだと振り返る。(褒めすぎ?)
会社を作るまで月日はあまり要さなかった。
自分で世界を作り、仲間と社会を豊かにすることこそ感動だと思う。
その機会をくれた社長や社員全員に心から感謝。
今から死ぬまで感動し続ける!その為に自分は存在し前進し続けるのだ。
今介護ジャパンはやっと車輪が動き出したばかり。。
明確なアウトラインの中にリアルな絵を描きたい。リアルであればあるほどワクワクする。
私はそんな絵を描くのみ。
話は変わるが、今、板橋の施設引き合いは至極強いが、立ち上がり途上ではある。
職員全員で個人個人の利用者様最大満足を追求すること、これに尽きる。
千葉でも東京でも利用者様の需要は大きい。介護制度に乗っからない人たちのセーフティーネットであると同時に我々にできる5年で20施設という事業目標を同時に達成することで小さいかも知れないが、かかわるすべての人と社会を豊かにすることが少しはできると自負する。
一生感動できる感性を忘れずに邁進しましょう。
また書き込むときまで・・・
最後に私事ですが、今、日付変わって25日で、妻の誕生日。本当にオメデトウ。そしてありがとう。多分このブログ見ないやろうけどね。
今度はもっと介護について、書きたいと思います。
一生感動
うちの会社は、どんな社員の集まりか?
社是 「一生感動」を求める集団である。
うちの会社が存在する目的は?
経営目的 「関わる全ての人の心を豊かにし、社会を豊かにすること。」を目的
としています。
ともに大好きな言葉で、とても良い響きだな。と思う。
明日から、この日記に、ブログ外伝として、
うちの社員により、「一生感動」というタイトルで、うちの会社について
語ってもらいたいと思います。
ご期待ください・・・・・。
明日の分の日記を前倒し
最近、しばしさぼり気味だったので、もう一つ書くことにした。
百万両の価値となるお話を聞かせて頂いた。
有難いことに、この1週間すごい人達に、たくさんお会いする機会があった。
その中で、特に、
日本生命で30年連続TOP10に入り、先日殿堂入りを果たした女性の方から、とても
大切な事を教えて頂いた。
僕にとって人とお会いするということは、自分が最も成長する瞬間で、真剣に話を聞いている。
いっつも心がワクワクする。
1度でもTOP10に入ることが難しいのに、なぜ30年も連続できたのですか?
と質問をした。
答えは、 → 好きだから
彼女曰く、自らの体験や、周りの人の体験から、保険というものが、どれほど重要なのか、
理解しており、そして、保険、日本生命という会社が、好きだからという結論であった。
成功者の多くは「好き」という言葉を使う。
身近な人から、直接この話を聞き、確信が生まれる。
ようするに、
30年間、日本で、日本生命と保険という商品を好きな気持ちが、10番以内であった。
ということなんだと理解した。
もう一つ、彼女はきっと誰よりも努力をしている。
毎年1200枚程度、年賀状を手書きで、一文いれて書いているそうだ。
その際のこだわりは、顔と名前の一致だそうだ。
秋になれば、数百個の栗を剥いて、おこわを配り歩いているそうだ。
大きな成果を出す人は、それに見合う努力をしているのだと、関心させられる。
人間の才能なんて、しれた差であって、成功者は見合う努力をしていると教えて頂いた。
大変勉強になる一日でした。
以上